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大阪地方裁判所 平成2年(わ)444号 判決

主文

被告人を懲役五年六月に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

押収してあるアイマスク一個(平成二年押第二六八号の1)を没収する。

理由

(罪なるべき事実)

被告人は、見知らぬ女性に架電して、同女の夫若しくは知人が暴力団関係者と交通事故を起こしたかのように装い、その安否を気遣う同女から解決金名下に金員を喝取し、更に状況如何によってはその機会を利用して同女を強いて姦淫しようと考え、

第一  平成元年一二月四日午前一〇時四〇分ころ、当時の自宅である大阪府豊中市〈住所略〉○○ハイツ豊中三〇五号室から同市〈住所略〉××マンション二〇一号室A方に架電し、応対に出た同人の妻B(昭和二八年一二月二六日生)に対し、右Aの同僚を装い、「会社のヨシオカです。ご主人が出勤途中に接触事故を起こしたのですが、怪我はたいしたことありません。ただ相手がややこしい人で病院に連れて行ってくれず困っています。相手の家に今来ています。奥さんから病院に連れて行ってくれるように頼んでくれませんか。」などと虚構の事実を並べ立て、引き続き右事故の相手方である暴力団関係者のように装って、「だいたいの話は聞いたか。ご主人が帰らないと困るやろ。」などと告げた上、同女の夫になりすまし、「相手の言うことを聞いてくれ。このことは誰にも知らせるな。」などと哀願し、再度暴力団関係者を装って、「わしの車に家内が乗っていてショックを受けている。どうしたらええ思てんや。金はいくらでもええ。奥さんの誠意の問題や。これからだんなを送っていく。」などと申し向け、更に同日午前一一時四〇分ころ、同市〈住所略〉○○店前公衆電話から右A方に架電し、同女に対し、「金は玄関の所へ置いておけ。」と指示して金員を要求し、もしその要求に応じなければ同女の夫の身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示してその旨同女を困惑畏怖させ、同女をして現金一〇万円在中の封筒を右A方玄関上がり口付近の石油ストーブの上に置かせ、そのころ右A方に赴き、後記第二の犯行をなした後の同日午後零時ころ、右A方を立ち去る際に、右封筒を持ち出してその交付を受け、同女から右現金一〇万円を喝取した

第二  同日午前一一時四〇分ころ右A方六畳和室において、前記第一の脅迫により被告人を夫が起こした交通事故の相手方である暴力団関係者であると誤信し、極度に困惑畏怖の状態にある右Bに対し、同女の衣服を脱がすなどの暴行を加えて情交を迫り、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫した

第三  同月二二日午前九時二九分ころ、前記自宅から同市〈住所略〉のC方に架電し、応対に出た同人の妻D(昭和二三年四月二日生)に対し、右Cの同僚を装い、「会社のヨシオカです。ご主人が交通事故を起こされて怪我をしました。相手の人がややこしい人で、今ここに来ています。」などと虚構の事実を並べ立て、引き続き右事故の相手方である暴力団関係者のように装って、「だんなは今ここにおる。今からそっちへ連れていく。何もなしでは帰せん。誠意をみせろ。今いくらあるか。」などと申し向け、更に同日午前一〇時ころ、同府吹田市〈住所略〉○○商店前公衆電話から、右C方に架電し、同女に対し、「今から行くからな。行ったら顔を見るな。後ろ向きにして待っとけ。」と指示して金員を要求し、もしその要求に応じなければ同女の夫の身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示してその旨同女を困惑畏怖させ、そのころ右C方に赴いて、同所4.5畳の間において同女から現金八万円の交付を受けてこれを喝取した。

第四  前記第三の現金喝取の犯行に引き続き、そのころ右C方奥六畳の間において、前記第三の脅迫により被告人を夫が起こした交通事故の相手方である暴力団関係者と誤信し、極度に困惑畏怖の状態にある右Dに対し、「させろ、だんなはどうなってもいいんか。」などと申し向けると共に、同女の身体を触るなどの暴行脅迫を加えて情交を迫り、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が抵抗するなどしたためその乳房を弄ぶなどにとどまり、姦淫の目的を遂げなかった

第五  平成二年一月一九日午後一時三〇分ころ、前記自宅から同府豊中市〈住所略〉E方に架電し、応対に出た同人の妻F(昭和二五年九月二九日生)に対し、右Eの同僚を装い、「会社のヨシオカです。ご主人が交通事故にあって怪我をしました。相手がややこしい人で、病院に連れて行ってくれません。相手のサトウという人に奥さんからお願いしてください。」などと虚構の事実を並べ立て、引き続きサトウの知り合いの暴力団関係者のオオサワなる男を装って、「オオサワや。ご主人がどうなってもいいんか。そこはどこや。会って話しよう。家にでも行こうか。」などと交渉方を要求して一旦電話を切り、同女と会うために大阪市淀川区〈住所略〉プラザオーサカの部屋を電話で予約した後、同日午後一時五三分ころ、再びE方に架電し、同女に対し、右オオサワなる男を装って、「十三のプラザオーサカに二時半に来い。」と指示し、次いで同女の夫になりすまし、「いくら位用立てできるんか。とにかく相手の言うことを聞いてくれや。」などと哀願するなどして金員を要求し、もしその要求に応じなければ同女の夫の身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示してその旨同女を困惑畏怖させ、同日午後三時一五分ころ、右プラザオーサカ九三一号室において、夫の安否を気遣って同所に赴いた同女に対し、後記第六の犯行をなした後の同日午後四時一五分ころ、「金はどこや。」などと申し向けて同女から現金五〇万円の交付を受けてこれを喝取した

第六  同日午後三時一五分ころ、右プラザオーサカ九三一号室において、前記第五の電話での脅迫により被告人を暴力団関係者のオオサワなる男と誤信し、極度に困惑畏怖の状態にある右Fに対し、所携のアイマスク(〈証拠〉六八号の1)で同女に目隠しをした上、「わしの言うことを聞かないとご主人どうなるかわからんぞ。」などと脅迫して情交を迫り、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫した

第七  同月二五日午後一〇時二〇分ころ、同区〈住所略〉ルーツ西中島六〇一号室から同区〈住所略〉△△マンション二階二一二号室G方に架電し、応対に出た同人の妻H(昭和三三年六月二九日生)に対し、同女の夫の不在を確かめた後、同日午後一一時三〇分ころと同日午後一一時五〇分ころの二回にわたり、右ルーツ西中島六〇一号室から右G方に架電し、応対に出た同女に対し、右Gの同僚を装い、「ヨシオカです。ご主人が交通事故にあって怪我をしました。相手がややこしい人で、病院に連れて行ってくれません。奥さんから病院へ連れて行ってくれるよう頼んでもらえますか。」などと虚構の事実を並べ立て、引き続き右事故の相手方である暴力団関係者のように装って、「もしもし奥さんか。主人帰して欲しいやろ。どうするかな。あんたとこどれ位金あるんや。だんなどうなってもいいんか。陸橋の上で下向いて立っとけ。すぐ出てこい。」などと申し向けて金員を要求し、もしその要求に応じなければ同女の夫の身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示してその旨同女を困惑畏怖させ、夫の安否を気遣って、翌二六日午前零時一〇分ころ同区西中島一丁目五番先の西中島歩道橋上に赴いた同女を、同日午前零時二〇分ころ右ルーツ西中島六〇一号室に連れ込み、自己が右暴力団関係者であるかのように装って、同女に対しタオルで目隠しをした上、「金持って来たか。」と申し向けて更に同女を畏怖させ、即時同所で同女から現金一万円の交付を受けてこれを喝取した

第八  前記第七の現金喝取の犯行に引き続き、そのころ同所において、前記第七の脅迫暴行により被告人の夫の遭遇した交通事故の相手方である暴力団関係者と誤信し、極度に困惑畏怖の状態にある右Hに対し、「だんなの命も一万円か。奥さんどうしたらいいんかなあ。」などと申し向けると共に、同女の身体に触るなどの暴行脅迫を加えて情交を迫り、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が腹痛を訴えるなどしたためその乳房を弄ぶなどにとどまり、姦淫の目的を遂げなかった

第九  同年二月九日午前一時三〇分ころ、右ルーツ西中島六〇一号室から同市〈住所略〉甲ハイツ二〇三号室I方に架電し、応対に出た同居のJ(昭和四〇年四月二一日生)に対して、「俺や、わかるか。交通事故を起こした。交差点での接触事故で、相手がややこしい人で病院にも連れて行ってくれない。今、相手の家に来ている。相手と替わるから直接話してくれるか。」などと虚構の事実を並べ立て、さきに右I方を訪れた同女の友人であるKが帰宅途上交通事故を起こして電話をしているものと誤信させ、引き続き右事故の相手方である暴力団関係者になりすまし、同女に対し、「なめとんのか、どないなってもええのか。ほんまに助けたいのか。迎えにこれるんか。お金はあるか。手持ちの金でいい。」などと申し向け、同日午前二時二五分ころ同区西中島一丁目一四番先の西中島歩道橋付近に同女を呼び出し、同女の運転する普通乗用自動車(京都○○○○○○○)の後部座席に乗り込み、同女に同区塚本二丁目二番二号榎原方前路上まで運転走行させた上、同日午前二時五〇分ころ同所に停車中の車内において、更に同女に対し、「金や、無事帰して欲しいやろ。」と申し向けて金員を要求し、もしその要求に応じなければ右Kの身体等にいかなる危害を加えるかも知れない気勢を示してその旨同女を困惑畏怖させ、即時同所において同女から現金三万円の交付を受けてこれを喝取した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第四のDに対する強姦未遂、判示第八のHに対する強姦未遂については、いずれも被告人が任意に強姦の犯行を中止したものであるから、刑法四三条但書の中止未遂に該当すると主張するので、以下検討する。

関係各証拠によれば、判示第四の事実については、被告人は、判示のとおり被害者を強姦しようとして犯行に及び、その際隣室にいた同女方の幼児二名の目に触れないように間仕切りの襖を閉め切った上、同女の胸や陰部を触っていたところ、右幼児らが襖を開けようとしてガタガタ音をさせていたことや、被害者が、被告人の下半身の下着を脱げとの命令に従わず、姦淫を拒否するような態度をとったことなどから、無理矢理姦淫するのを諦めて、引き続き被害者の胸を触ったり、あるいは自己の陰茎を被害者の口にくわえさせたりしているうちに、被害者の口の中で射精し、その後同女方から逃走したこと、判示第八の事実については、被告人は、判示経緯のもとに被害者を強姦しようとして犯行に及び、同女にキスをしようとしたり、その胸を触ったりしていたところ、同女が「おなかが痛い。子供を産んだばかりなのです。」などと訴えたため、無理矢理姦淫することを諦めて、引き続き被害者の胸を触ったり、あるいは自己の陰茎を被害者に握らせたりしているうち、最終的には自慰行為により射精し、その後被害者を解放したこと、以上の事実が認められる。

そしてそれら犯行に関し、被告人の姦淫を諦めた意思が確定的なものであったと断定するには、その前後の行動に照らしなお疑問が残るといわざるを得ないが、その点はさておき、右に認定した事実によれば、判示第四の事実については、被告人において隣室の幼児の存在が気になり、被害者の拒否にもかかわらず強いて姦淫にまで及ぼうとすれば、いつ右幼児らや被害者に騒ぎ立てられるかも知れない状況となったため、姦淫を遂げることを諦めたものと認められ、また判示第八の事実については、被害者が、強度の困惑畏怖の状態のもとにありながら、被告人に腹痛と産後の身であることを訴え、姦淫を拒絶する態度を示したため、その予期しない言動に姦淫を遂げる意欲を殺がれた結果、これを中止したものと認められるのであって、右各事実について認められるそれぞれの事態は、いずれも、客観的にみてこの種犯罪を完遂する意欲を妨げるにたる性質の障害というべきもので、被告人において右障害を認識することにより姦淫を諦めたものである上、右各犯行のいずれについても、被告人において姦淫そのものに及ぶことは諦めたものの、それまで強姦の実行行為として行ってきた猥せつ行為をそのまま継続し、更に被害者に性交に代わる凌辱行為を強いて射精にまで至ることにより、当初意図した性的欲求の満足をそれぞれ得ているのであって、このような右各犯行の経過態様に鑑みれば、被告人が姦淫行為に至らなかった動機が、被害者に対する憐憫、同情等の内心的要因に基づく自発的な犯行の断念にあったとは認められない。

以上のとおり、被告人の判示第四及び第八の各所為は、いずれも障害未遂に該当し、被告人の任意の中止行為があったとはいえないから、弁護人の中止未遂の主張は採用することができない。

(罪数についての補足説明)

検察官は、判示第一の恐喝罪と第二の強姦罪は観念的競合として起訴したものである旨釈明し、第三の恐喝罪と第四の強姦未遂罪、第五の恐喝罪と第六の強姦罪、第七の恐喝罪と第八の強姦未遂罪につき、いずれも恐喝罪と強姦若しくは強姦未遂罪とは観念的競合の関係にあるとして起訴していることが窺われる。

そこでこの点につき検討する。

前記認定のとおり、被告人のこれら犯行の態様は、被告人が被害者方に架電し、被害者の夫が暴力団関係者との間で交通事故を起こしたように装った上、暴力団関係者になりすまして夫の安否を気遣う被害者に脅迫文言を用いて金員を要求し、金員を喝取するとともに、被害者が右脅迫により困惑畏怖しているのを利用し、更に脅迫ないし暴行を加えて同女を姦淫した、若しくは姦淫しようとしたものであることが認められる。そして、判示認定の電話での脅迫文言にも照らせば、右架電の段階では未だ強姦若しくは強姦未遂罪についての実行の着手があったとは認め難く、被告人の恐喝行為と強姦若しくは強姦未遂行為は、強姦若しくは強姦未遂行為が先行する架電による恐喝行為での脅迫により困惑畏怖しているという被害者の状態を利用してなされ、あるいは双方の脅迫ないし暴行行為が一部重なり合っているという関係にあるにすぎず、これに被告人の恐喝行為の最終の目的が金員の取得にあり、強姦行為のそれが自己の性的欲求の満足にあって、当然にその既遂時期も異なるなど、その両行為の保護法益、罪質の違い等をも併せ考えれば、自然的、社会的に観察しても、これらの行為を一個の行為とみるのは相当ではなく、両行為は併合罪の関係にあると解される。

(量刑の理由)

本件は、被告人が判示のとおり前後五回にわたり見知らぬ女性に架電し、同女の夫若しくは知人の同僚や暴力団関係者などになりすまし、同女の夫若しくは知人が暴力団関係者と交通事故を起こして負傷した上、暴力団関係者との対応に苦慮しているとの状況を作出し、その旨誤信して夫らの安否を気遣う同女の精神状態につけこんで同女から金員を脅し取り、更にそのうちの四回については、同女の困惑畏怖の状態に乗じて情交を迫ったというものであって、極めて狡猾かつ卑劣な犯行であるといわざるを得ない。現実に生じた結果も、強姦については二件が既遂であり、未遂に止まった二件についても、(弁護人の主張に対する判断)で述べた犯行状況に照らせば、未遂ゆえに被害が軽微であると評価できる事案とは到底言えないのであり、恐喝についても、被害者五名からの喝取金額は合計七二万円に達するなど重大である。被告人のかような行為により、貞操を蹂躙され、あるいは金員を喝取された被害者らの被害感情が根強いのも当然で、被害者のうち三名が今なお被告人側の示談交渉に拒否的な態度を示していることも十分理解できるところである。そして自己の性的欲求を満足させ、あるいは遊興資金を得るためという自己中心的な動機にも酌量の余地はなく、これに被告人が起訴された以外にも同種行為を繰り返していた形跡も窺えることをも総合考慮すれば、被告人の刑事責任はまことに重いものがあり、被告人に対しては相当長期間の矯正教育が必要と考えられる。他方、五名の被害者のうち二名については示談が成立していること、恐喝の件については、被害者全員に対し、喝取金額の返還がなされていること、被告人には前科がなく、今では反省の態度を示していること、被告人の両親及び兄が、被告人の更正に尽力するであろうと期待できることなど、被告人に有利な情状も認められるので、これらをも斟酌して被告人を主文掲記の刑に処するのが相当と認めた。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官谷村允裕 裁判官氷室眞 裁判官伊藤知之)

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